水曜日, 12月 13, 2017

保守論客に依る独裁者の冷静な分析-悪の独裁者論

著者の山内氏、佐藤氏共に保守の論客ですが、現在厄介な独裁者とされる指導者について、宗教、思想、パラダイム原理に基づいて、その行動形態を冷静に分析していて、一読の価値がありそうです。

特に、佐藤氏は神学研究科卒業ですから、宗教基盤について論じるのですが、普通の論客には見られない観点からの分析は、正鵠を得ている様な気がします。

取り上げられ分析される5人の指導者は、米国のトランプ氏、北朝鮮の金正恩、ロシアのプーチン氏、トルコのエルドアン氏、イランのハメネイ氏ですが、否定的見解は見られず、現在悪の権化とされ国際社会から強い制裁を受けている北朝鮮の金正恩についても、客観的にその行動基盤を分析するのです。

米国のトランプ氏については、近頃批判の的とされているエルサレム首都問題では、プロテスタント長老派の彼として当然の帰結で、アラブ諸国の支援を受けて、イランとの対決姿勢を強めるだろうと、事前に分析しているのです。

とりわけ、ロシアのプーチン氏については絶賛、教養や知識の広がりや深さは、他の指導者とは較べるべくも無いとするのです。 ロシアには、悲劇的や様々なマイナスの歴史はあるが、それらも含めてロシアであり、それぞれの時代の中で解決すべき点は解決して行こうとする姿勢は妥当と評価するのです。

韓国の様に、日本に依る朝鮮戦略の史実を無限遡及的に、「悪無限」として、現代日本を常に批判するのは、生産的でないと処断分析しています。

しかし、悪の指導者の代表格とされる中国の習近平氏は本書に含まれないのは不思議に思われますが、最終章で記載されている「少し時間を置きたい」と言うのです。 何故ならば、習近平氏は中華覇権主義を奉じ、2016年10月には別格の指導者「核心」に位置づけられ、益々その体制が強化されて行きますが、現状は比較的に安定していて変化は無く、任期10年を延長する様な事態を見守りたいのと趣旨の様でした。

金曜日, 9月 29, 2017

玄冬の老齢時期に孤独を楽しむ-五木寛之「孤独のすすめ」

近頃は、社会保障制度予算の急拡大と共に、「搾取する」老人階級vs「搾り取られる」若者階級・勤労者階級という構図が問題となって来ました。
世代間の闘争とも見える切実な課題ですが、人間不信と自己嫌悪を克服することで、それを打開出来るのではないかと言うのが著者の主張です。

老人階級の生き方としては、「孤独を楽しむ」ことを、次の様に推奨します。
人生は、青春、朱夏、白秋、玄冬と、4つの季節が巡って行くのが自然の摂理です。玄冬なのに青春の様な生き方をしろと言っても、それは無理です。 老いにさし掛かるにつれ、体も思うように動かず、外出もままならず、訪ねて来る人もおらず、何もすることが無く無聊を託つ日々、世の中から取り残されてしまった様で、寂しいし不安だ。 孤独な生活の友となるのが、例えば読書で、外出が出来なくなっても、誰にも邪魔されず、古今東西の人と対話が出来る。視力が衰えて、本を読む力が失われても、回想する力は残っている。残された記憶を元に空想の翼を羽ばたかせたら、無辺の世界が広がって行く。 歳を重ねるごとに、孤独に強くなり、孤独の素晴らしさを知る。孤独を楽しむのは、人生後半の充実した生き方の一つだと思うのです。

現状、日本が抱える難問を逃避する傾向にあると懸念し、思考停止を警告しています。
日本人の様に、知識水準の高い国民がどうやって難問に立ち向かうのか、世界中の人々が固唾を飲んで見守っている問題があります。 一つは、使用済み核燃料の処理で、他の一つが、超高齢社会の行方で、どちらも戦後の日本で素晴らしい成果を上げながら、時間の経過と共に、その存在が社会の重荷になっている。 しかし、それらから目をそらし、とりあえず棚上げにして、「充実した毎日」を過ごせれば良いと現実から逃避し、美味なパンを求め、日々サーカスに興じることになります。

老人階級としての生き方を、日本のあるべき姿を模索しつつ、次の様に提唱するのです。
超高齢社会を生き抜くには、どうも「高齢者産業」も拡充で、「日本と言えば、高齢者をケアする製品やサービスで右に出るものが無い国」と言うブランドを確立したら、世界中が日本を見る目をガラリと変えるのでは無いでしょうか? そうした働きかけが、「嫌老社会から賢老社会」へのターニングポイントとなる時代に私たちは立っているのかも知れません。

月曜日, 6月 05, 2017

スノーデン日本への警告-インタビューと本人不在のパネリスト討論

米国家安全保障局(NSA)による大規模な個人情報収集を告発し、ロシアに亡命中の米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン氏に2016年6月に行われた独占インタビューと、同月東大で行われた4人のパネリストによる討論シンポジウムを纏めたものですが、もう時宜を逸している感もありました。

しかし、世界各国で自国益第一主義が蔓延り、国を導くべきリーダーが、「自分にとって良いか否かが全て、自分が何をやりたいかが全て」と、その論理国民の為では無く、自己正当化する我欲の論理が甚だしくなって来ています。

彼が慎ましくも言う「私達は皆人生の何処かで、易きに流れる道と正しい道の何れかを選ばなければならない場面に出会います。小さなリスクを取ることで社会をより良くすることが出来る機会がある筈です」は傾聴に値する気がします。

又、マスコミにも警鐘を鳴らし、「自由な報道は政府の言いなりではなく、政府による情報独占に対抗する必要があります。政府の動きを調査し、企業の動きを調査し、判明した結果を人々に伝えることがジャーナリストの役目なのです」、と近々政府広報にも達しているマスコミにも苦言を呈しているのも、少なからず正論と見えました。

時宜を逸していると思われるのは、6月2日付けのインタビューで少し進んだ警告を発しているからです。

日本政府が個人のメールや通話などの大量監視を行える状態にあることを指摘する証言。参院で審議中の「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が、個人情報の大規模収集を公認することになると警鐘を鳴らした。

NSAは「XKEYSCORE(エックスキースコア)」と呼ばれるメールや通話などの大規模監視システムを日本側に供与、世界中のほぼ全ての通信情報を収集出来るもので、NSA要員が日本での訓練実施を上層部に求めた2013年4月付の文書を公開した。

今年5月29日の参院本会議で、安倍首相は文書を「出所不明」としてコメントを拒否したが、元職員は「供与を示す文書は本物だ。米政府も本物と認めている。日本政府が認めないことは馬鹿げている」と語り、欧米だけでなく日本等で個人監視が強まっていると憂い、「世界は歴史的転換点に差し掛かっている」と指摘し、現状を放置すればテロ対策を名目にした「暗い」監視社会が待っていると、口調を強めて警告した。

日曜日, 3月 12, 2017

繰り返された「生前退位」と天皇の正体-定説から外れた歴史観のアルトファクト

結論としては、生前退位は歴史上多数あり、又平安時代の院政の図式は考えられず、今上天皇の譲位(生前退位)を認めるべきだと言うのです。

しかし、定説から外れた著者特有の「関史観」と言う独特の歴史観から明かされる謎解きを展開し、藤原氏は百済王族の末裔と推断し、律令制度導入の混乱に乗じて、不安定となった天皇制度を我が物として「日本書紀」「続日本紀」を都合の良い様に編纂して、400年近い混乱を招いてしまったと断ずるのです。

細かい史実も網羅していて、邪馬台国は畿内の奈良盆地に大和朝廷なのだが、北部九州の「女酋」が朝鮮半島に進出して来たばかりの魏に対し「我々が邪馬台国」と偽りの報告をして、「親魏倭王」の称号を獲得したと言う本居宣長説が正解だとします。

天武天皇は天智天皇よりも4才年上で、蘇我系豪族の支えがあって、皇位に近い存在であったのだが、蘇我入鹿暗殺でその芽を摘んだと言うのです。 壬申の乱で、天武天皇が即位して藤原氏は遠ざけられるのですが、崩御後は持統天皇に阿り「持統朝は天智と藤原鎌足政権の再来」として復帰し、遂に外戚として栄華を奮う様になり、それ以前に天皇を補佐して来た蘇我氏や物部氏を悪者として扱った「日本書紀」を編纂して、歴史の真実を消し去ってしまったと言うのです。

歴史の碩学井上光貞氏の説も引用し、皇位継承の困難に際して、6世紀中葉から7世紀末まで譲位が多く、中継ぎとして6女帝が選ばれているのではと言うのです。

著者の藤原氏嫌いは徹底していて、そんな著書が多数ある様で、中には又同じ展開かと言う批判もあるようですが、政党歴史学界とはかけ離れた内容の展開は、古代史のエンターテナーとしては惹きつけるものがあり、近頃話題となっている所謂アルトファクト(Alternative Facts)として読むには面白い書籍だと思われます。

月曜日, 2月 20, 2017

世界征服100年マラソン中華覇権の夢-China2049 by Pillsbury

米国の歴代政権の国防政策を40年に亘って担当し、親中派として好意的に中国支援をしていたのですが、中国は好意を無にして米国に取って代わって世界覇権を目論んでいることを知り、その長期戦略に警鐘を鳴らす様になりました。
ビルズベリー氏の分析については、出典引用も多く妥当で見事とは、思うのですが、結論が至極甘いものと思わざるを得ませんのが残念です。
日本は既に中国の100年マラソンに巻き込まれて、苦い後塵を拝していると思うのです。
1972年の日中友好はソ連からの圧力対抗に利用され、ソ連がロシアに替わってその役割を終えて、GDPが日本を凌駕することが確実となった2000年の江沢民からは、中華覇権を称えて、小日本と揶揄して愛国反日を原則としたのです。反日プロパガンダの激しさは近年影を潜めてはいますが、友好的ではありません。

次は、中国は米国のGDPを凌駕する2049年には、米国も役割を終えて揶揄し、世界覇権を制覇することになると言う戦略を読み取ることが出来ました。

中国の戦略は、西洋の歴史的成功と古代中国の盛衰を学ぶことに基づき、態勢を整えておいて、好機が訪れたらそれを逃さないと言うのが本質だ。
100年計画で世界制覇を樹立する為の9要素があって、
1. 敵の自己満足を引き出し、警戒態勢を取らせない
2. 敵の助言者を利用する
3. 勝利の為には、数十年或いはそれ以上我慢する
4. 敵の考えや技術を盗む
5. 軍事力は決定的な要因ではない
6. 覇権国は、極端で無謀な行動を取る
7. 勢いを失わない
8. ライバルの相対的な力を測る尺度を確立する
9. 他国に包囲され、騙されないしない様にする

100年計画の途中経過として、世界は次の危機に晒される
1. 中国の価値観がアメリカの価値観に取って替わる
2. 中国はインターネットの反対意見を検閲する
3. 中国は民主化に反対する
4. 中国はアメリカの敵と同盟を結ぶ
5. 中国は大気汚染に依る世界終末を輸出する
6. 成長戦略は水の枯渇と汚染を引き起こす
7. 発癌性物質を使用する食品も輸出する
8. 欺く窃盗のチャンピオンを野放しにする
9. 国連と世界貿易機関を弱体化させる
10. 営利目的で兵器を量産する

結論として、中国政府は今後数十年に亘って、戦争や領土侵略ではなく、経済、貿易、通貨、資源、地政学的協力を巡る攻防を展開する。 それと張り合うには、野望を見極め、国際基準の境界を踏み越えそうになったら、その動きを非難し警告することが必須となる。

日曜日, 2月 05, 2017

出色キャスターの内省的回顧録-キャスターという仕事

23年間に亘って、NHK「クローズアップ現代」のキャスターを務めた国谷裕子女史の半生の内省回顧録で、キャスターという仕事のあるべき姿を提示していて興味深いものがありました。

アメリカの大学を卒業、帰国子女で小学校の数年を除いて、海外の大学やインターナショナルで教育を受けたことでNHKからの依頼もあって国際報道を担当しますが、日本のことを知らず、日本語の「てにをは」がおかしく、辛酸を嘗めてしまいます。
NHK職員ではなく、契約社員であったこともあって、業務に縛られずに、降板と言う失敗を克服すべく自己研鑽を重ねます。
そしてノウハウを積み重ねる研鑽と臥薪嘗胆が功を奏して、遂に1993年、「クローズアップ現代」と言う、政治、経済、事件、災害、社会、文化、スポーツと幅広いテーマを扱う番組のキャスターに抜擢されたのです。

それから23年間、3800件に近くキャスターとして、個人が組織、社会に抗って生きるのは難しいと、企業不祥事が起きると法令順守、リスク管理を喚起したのですが、社会全体に「不寛容な空気」が浸透して行くのを感じて、公共放送の公平さに則り、企業のみならず政府にも直言を呈する様になります。

安倍政権が望んだ政府に従順なNHK会長が就任することで、政府に直言する傾向のある「ニュース9」キャスターの大越氏の降板に続き、やらせ番組を報道したとして「クローズアップ現代」のキャスター国谷裕子女史の契約解除と言う事態となりました。

「あとがき」には、「トランプ大統領がメディアは余計なフィルターとしてTwitterを使って情報発信をして「Post-Truth(脱真理)」の世界が広がりつつある。しかし、人々の生活に大きな影響を及ぼす立場にある人に対して、発言の真意と根拠を丁寧に確かめなくてはならない。ジャーナリズムがその姿勢を貫くことが、民主主義を脅かす「脱真理」の世界を覆すことに繋がると信じたい」と結ぶのです。

将に民主主義の危機と警告しているのが感じられる書籍でした!

日曜日, 1月 22, 2017

マンションの資産価値は?-マンション格差

マンションも築30年以上が当たり前になり、問われるのがマンション毎の格差で、既存マンションによる激しい大競争時代が始まっていると言うのです。
講談社現代新書「マンション格差」では、東京圏中心で、東海道線、中央線、私鉄では小田急線沿線で、マンションの格差を論じ、購入時の心得や整備法を示し、資産価値をどの様な保持するのかを示唆します。

私は日本住宅公団(現 UR都市機構)が、1980年代に「多摩ニュータウン」に造成したマンション群の一つに、1985年に入居しました。
この団地は1984年完成で、最寄り駅から徒歩15~18分の位置にあり、当時は住宅公団の住宅は「遠くて不便で高い」と言う評価が一般的で、完成から1年経過しても、空き家があったのです。

連棟式低層タウンハウスと中層5階建てマンションの混在する186戸の中規模団地、主契約者は大手の大成建設で、複数の下請け業者が建立、仕様は大成建設が設定していますので、彼等が手掛けていてよく観掛ける郵便局建屋に見えないこともありません。


建物は躯体鉄筋コンクリートに、5cm程のシンダーと言いますか化粧コンクリートを被せ、表面にはシリコーン塗装をしてありますので、メンテナンスは施工しやすいのです。 12年毎の大規模修繕が行われ、シリコーン塗装塗り直しも丁寧な刷毛塗りを指示したことで、半永久的に鉄筋コンクリートの劣化が無いのだろうと思われます。

資産価値は、購入当時は平均3400~3600万円でしたが、メンテナンス整備が良いこともあって、駅から遠いハンデにも拘わらず、半値は確保している様ですし、期待しています。

現状、大都市圏では「ニュータウン」を拡大する必要が無くなっている。嘗て猛烈な勢いで開発された「多摩ニュータウン」では一部の過疎化が進行している。
日本全体では800万戸以上も余っている。そんな状況の中、新築マンション供給は徐々に細って行き、10%未満にまで減り、アメリカやイギリスと同様に、中古住宅が住宅市場の主役となる。その場合、マンションに問われるのは立地の評価で、次に建物の管理状態となり、資産価値が決められて来る。
これまで大量に建設された分譲マンションは、その出口戦略を構築することが迫られるし、今の区分所有法では恐らく処理しきれないだろうが、マンション価値をしっかりと保持し、「格差競争」の中で有利なポジションを維持することが求められる。

日曜日, 1月 15, 2017

日本会議の研究(扶桑社新書)-1年間の調査報告&告発書

安倍首相はある宗教団体の影響を大きく受けていると、週刊誌などでは報じられてはいましたが、大手の新聞・TV既存メディアでは根拠が薄弱なのか報じられることはありませんでした。
本書は、1年間の緻密な調査報告書として、安倍政権の“黒幕”と噂される右派団体・日本会議とは何かと言う疑問に応えてくれています。

「安倍政権の暴走が止まらない。特定秘密保護法、集団的自衛権、安保法制の強行採決、傍若無人な政権運営は留まる処を知らない。 この幼稚さと野蛮さ目立つ自民党の背後には、必ずと言って良いほど、日本会議と日本青年協議会を始めとする「一群の人々」の影があるのだ。
70年安保の時代から、安藤巌、椛島有三、衛藤晟一、百地章、高橋史郎、伊藤哲夫と言った「一群の人々」は、休むことなく運動を続け、今、安倍政権を支えながら、明治憲法復活と言う悲願達成に王手を掛けた。
デモ・陳情・署名・集会・勉強会と言った「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。 このまま行けば、「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう、何たる皮肉、これでは悲喜劇ではないか!」と告発するのです。

名指しされた椛島有三氏は、6箇所の表現修正が為されなければ名誉毀損と、出版差し止めを求めて提訴、1ヶ所は該当するとして出版差し止めが認められました。
私が拝読した限りでは、全編告発の書でもあり、その1ヶ所は特定出来ませんでした。

「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、新憲法制定を求める1000万人署名をめざす団体で、単純明快な方法で解説する。
会の共同代表3人のうち2人は日本会議の名誉会長や会長。会の事務局長も日本会議事務総長で、その他の役員もほとんど重複している。
日本会議は歴史教科書の採択など個別のテーマごとに別働団体を作り、草の根の運動のような形をとって政治に働きかけ、目的を達成してきたからだ。 彼らが勝負をかける「改憲」では、前述の「国民の会」のほか「新憲法研究会」や「『二十一世紀の日本と憲法』有識者懇談会」(通称「民間憲法臨調」)が作られている。
これらの団体は特段、日本会議系団体であることを隠しもしない。あくまでも別働部隊として、個別にシンポジウムを開催したり署名活動を行ったり、街頭演説を行ったりと実にさまざまなチャンネルで、自分たちの主張を繰り返し展開していると著者は言う。

火曜日, 12月 06, 2016

陳舜臣の日本人と中国人-同文同種と思い込む危険

日本と中国は、漢字文化、食文化、黄色人種等の共通性から、一般に「同文同種」「一衣帯水」との間柄と言った表現が用いられますが、現在は躍進した中国が反日と覇権主義を展開する中、日中関係はお互いへの感情が悪く、歴史上最悪の時代を迎えています。
著者の陳舜臣氏は日本生まれの中国人、喫緊の時事問題を避けて、永い歴史を振り返りつつ、日本人と中国人の違いを解説していて、今日の最悪な日中関係を改善する様な議論も多い様で、その洞察力には感心させられる処が多いと思われます。

著書の初版は1972年で、日中国交正常化がなって、中国ブームが起こっている時期であった。しかし、交流が深まるにつれてお互いの国への感情は悪化したが、初版執筆から30数年、訂正すべき箇所は殆ど無いと分かり、時事を避けたことは正解だと安堵している。(2005年度版)

例えば、文学や文学者に関しても、考え方の隔たりは大きく、違いを理解しつつ、付き合うことが必要だと言うのです。

日本人は、文学が拘わりを持つのは、「もののあわれ」であって、政治はその反対物として切り離された方が良い。
中国人にとっては、文学者が政治の渦に巻き込まれる、しごく当たり前のことで、弾圧を受けても、当然のことと受け止めているに違いない。
もし、近づくつもりがあるのなら、最低の条件として、相手がこちらと違うと言う点を理解すべきだと言うのである。


20~21世紀でとかく言われる経済的な資本主義・共産主義の違いが大きいと言う前に、お互いの永い国情から培われた本質的な政治体制の違いを認めるべきだと言うのです。

日本では機構或いはしきたりは上の権力2重構造で自己を制御し、中国では理念の2重性と皇帝の交代で蘇生を繰り返した。機構は「実」であり、理念が「名」であることは言うまでも無い。
このように長短相補う様な国家を、互いに隣国として存在させているのは、摂理の様な気がする。どちらが優れ、どちらが劣るかと言う問題ではない。一方が一方を倣って同化してしまっては、その摂理に対する冒涜であろう。

月曜日, 10月 17, 2016

米露こそ日本のパートナー-問題は英国では無いEUなのだ

イギリスのEU離脱(Brexit)に対して、著者であるフランス人のトッド氏は肯定的で、ドイツ支配のEUは瓦解すると言うのです。

イギリスがEUを離脱した最大の動機は、移民問題ではなく、英国の主権回復だったことが明らかになっています。即ち、EU本部が置かれている官僚の跋扈するブリュッセル、或いはEUの支配的リーダーとなっているドイツからの独立だったのです。
その背景にあるのは、グローバリゼーションへの反発で、経済格差が拡大の一途に対して旧来的なナショナルな方向へバランスを戻したのであり、イギリスに続く目覚めが、フランス、そして欧州各国で起きることで、ドイツによる強圧的支配から「諸国民のヨーロッパ」を取り戻すことで、欧州に平和をもたらす理性的な解決策であると確信しています。


そして、日本に相応しいのは、覇権膨張主義の中国への対抗を考えれば、アメリカとロシアだと進言するのです。

安定した対外関係は、安定に向かう国との関係から得られ、日本に相応しいパートナーはアメリカとロシアです。 英米系の地政学者は「海洋勢力(日米英)」と「大陸勢力(中露)」と区別しますが、この2分法に陥るべきではありません。ロシアとの関係構築は、中国の存在を考えると、地政学的に理に適っています。
しかし、アメリカには最早「世界の警察官」を独力で担える力は無く、その意味で日本は自主的な防衛力を整えつつ、アメリカを助けるべく、これまで以上に軍事的、技術的に貢献すべきで、70年以上に亘って維持して来た平和な歴史をアピールしながら、1隻か2隻、空母を造るべきです。


日本国内では、安保法制は憲法違反との声も大きいのですが、安全保障はプラグマティックに考えるべきだと言うのです。 その軍備強化進言は兎も角、安全保障パートナーとして、反日が国是の中国ではなく、アメリカとロシアと言う意見は妥当であろうと判断しています。

火曜日, 5月 10, 2016

考えすぎない-当世の処世訓は思考停止を生む懸念

啓文堂書店2016雑学文庫大賞第1位と言うことで、本多時生氏著「考えすぎない」を読んでみました。

著者は「考えすぎないと言うのは、自分の限られた時間とエネルギーを、問題解決に使うのと、幸せになる為に使うのと、どちらが良いかと言う選択であります」と言い、当世の処世訓として提示するのですが、全く賛成し兼ねるのです。
軽すぎる自分の思いを掘り下げることもなく、全て現状肯定することで思考停止を助長するのではないかと懸念するからなのです。

処世訓としては、古くから貝原益軒の「養生訓」が知られていますが、自己節制と努力を要求していますが、この本にはその様な節制は全くないのです。
著者が新興宗教の宣伝塔では無いかと思いつつ、検索してみますと「一切宗教とは関係ありません」との記述もありましたが、一切を信用すると言う宗教的見地無しに、これほど論拠に欠け楽観的見方になれるのか、大いに疑問を感じざるを得ません。

やはり「人間は考える葦」であり、小林秀雄の言う如く「考えると言うこと」が必須要件で、ショーペンハウエルの託宣通り「読書は他人に考えて貰うことである」と、その論実をフィードバックして自己形成に努めることが基本だと思うのです。

何故、啓文堂と言う書店が、このような論実の軽い書籍を雑学文庫大賞第1位として大々的に宣伝しているのか疑問ですし、出版不況を勝ち抜き若い世代の読書離れを止める為には仕方が無いと判断したのかも知れませんが、よく言われる出版不況の闇の深さを感じざるを得ませんでした。

日曜日, 3月 06, 2016

竹島もう一つの日韓関係史-国際司法裁判所への提訴が一案

竹島は日本固有の領土として歴史教科書にも明確に記載される様になりましたが、韓国でも固有領土として軍事基地を設定占拠して譲りません。
朴槿恵(パク・クネ)の父である朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が、日韓条約締結に際して竹島問題を難物と慨嘆したのが妥当で、李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸して反日ナショナリズムを鼓舞したのは如何にも浅薄な行為で、パンドラの箱を開ける愚を犯したのです。

著者は、日韓のパンフレットを元に検証し、16世紀の江戸幕府による領有権放棄、1905年の日本領編入、敗戦後の李承晩ラインの設定、サンフランシスコ平和条約での日本領確定、等現在迄の両国の主張につき新書版としては異常な程多くの出典データを豊富に使って史実を検証確定させて行き、「竹島問題が一気に解決させることは極めて困難である」と結論つけます。

そして、国際司法裁判所(ICJ)へ提訴して解決を委ねると言うのも一案であるとするのですが、ICJへの提訴には日韓両国の合意が必要であり、現状では韓国が提訴に応じると考えにくいとします。
それでも、仮にICJへの提訴が実現すれば日本が勝つと素朴に感じている人達も少なくないが、争いごとの調停には何らかな形での譲歩を受容する覚悟も必要とし、ややもすれば加熱しがちな議論に冷静さを取り戻すこと、日本人・韓国人を問わず互いに譲歩へ向けて勇気を奮うことが今求められることだと提言するのです。

日曜日, 2月 21, 2016

三越伊勢丹ブランド力の神髄-思い入れの社内報の延長に過ぎない

6~7年程前までは、衣類はデパートで購入していましたが、今ではオープンシャツ・セーター類、ジンーズ等は近郊のアウトレット街にて購入する様になりました。やはり其処の30%ディカウント戦略は、デパートの定価販売に比べて大きな魅力なのです。
スーツは今でもデパートで購入しますが、OBとなっては買い換える、買い増すと言う必要が無くなって、デパートへはデパ地下での食料品調達が殆どとなりました。 それでも、お中元やお歳暮の購入発送はデパートを利用しますが、インターネットを介してのeコマースですからデパートに行く必要はありません。

このような需要変動に対して、やはり「eコマース」への傾斜無くしては売り上げ増加を図ることは出来ないでしょうし、その際には従業員の雇用確保は難しいだろうと思いつつ、来店を促すレストラン街や遊び場の充実等の来店キャンペーン企画力が無いので、この書籍は社内報の延長でしかなく、著者が提唱する現場力のみにて難局を乗り越えるのは至難の業だと思うのです。

百貨店業界の売り上げは6.2兆円、小売業界全体の僅か4.4%に過ぎません。
2013年度の三越伊勢丹ホールディングの売り上げは1兆3215億円、営業利益は346億円です。2018年度に500億円の営業利益達成を目指していますが、これはキャッシュフローを潤沢にし、全てを上手く回す為の最低基準なのです。

業績を伸ばすこと、社会貢献の実現、或いは将来、三越伊勢丹が10年、30年、50年と成長を続けて行く為の手を打って行くには、最も大切なのは人と現場力です。
どうやって人を育成し、現場力を高めて行くのか、三越伊勢丹と言うブランドを永遠に守り続けて行く為にも、それが目下の大きな課題です。

火曜日, 2月 16, 2016

ヒラリー・クリントン運命の大統領-礼賛の待望論

ヒラリー・クリントン女史は2016年の大統領選の民主党候補として最有力とされていますが、格差是正を掲げるサンダース氏に苦戦の様相を呈しています。
8年前にも最有力だったのですが、人種差別撤廃を掲げるオバマ候補に、集金力不足と女性差別撤廃キャンペーンの選択違いもあり敗れたのです。
やはり、「人種差別主義者と見られるくらいなら、女性差別主義者と見られた方が益しだ」と言うアメリカの伝統は根強かった様です。
しかし、捲土重来、今回も健全で強いアメリカの回復を目指して立候補しているのですから、イギリスのサッチャー以上に「鉄の女」と言えるかも知れません。

あとがきを見ますと、二部構成の様で、ヒラリー・クリントンがファーストレディとして鮮烈な登場を遂げて以来「こう言う女性類型は世界史に登場したことは無かった」と感激し、半分は2008年民主党予備選でヒラリーが勝つと思い込んで書き終えたが、マイノリティ融和を主張するオバマに一敗地に塗れた後、国務長官に就任して2016年次期大統領を担う運命を引き受けたと述懐しています。

彼女の座右の銘は「現実を楽観的にではなく悲観的に捉え、最悪のシナリオを想定せよ。にも拘わらず希望を失わずに現実に対処し、パワーの行使によって打開せよ」であり、交渉のテーブルに引き出すには敵を追い詰め、一方では利を食らわせる古典的手法を執る「リアル・ポリティーク」を主手順とするらしい。
イスラム圏の厄介さはイスラム教の中核を女性に対する束縛が占めていることにあり、「女性の解放こそが安全保障と深く関わる」と彼女の外交の射程が相手国の貧困、環境、教育、家族計画にまで拡大されていることになる。
中東だけでなく、北朝鮮、中・露に対しても、ヒラリー路線がオバマ外交の基調となった。


対中国政策では、オバマ時代と異なり、強硬路線に変貌するのは間違い無さそうです。

第1次オバマ政権からクリントンが離脱し、第2次オバマ政権は中国に対し「誤解された友邦」として太平洋に緊張がない様に振舞う「リバランス(再均衡)政策」は、中国の覇権膨張主義は度合いを増して、限界を迎えている。
ヒラリーは国務長官就任早々の訪問にて柔軟路線で効果がないと知るや、対決路線に切り替えた。尖閣や南シナ海への中国の膨張政策を真っ向から批判、オバマ以前の大統領の対中政策をガラリと入れ替えた。これはアメリカ開拓時代の米国西部同様、法の支配を無視した弱肉強食の場として切り捨てたのだ。

土曜日, 11月 14, 2015

高速増殖原型炉もんじゅ-運営不適当との勧告

私は原子力工学者では無いのですが、「夢の原子炉」と言われた高速増殖炉もんじゅを見学させて貰ったのは1995年春のことでした。
1994年臨界に達し、1995年秋の本格運転に向けての定期検査の最中で、運営は動燃(動力炉・核燃料開発事業団)、ウラン補給不要のプルトニウムを再利用するMOX燃料を使う核燃料サイクルの中核となるもので、新技術開発の希望が膨らんでいる時期でした。

MOX燃料の核分裂はウラン燃料に比べて核分裂速度が速く、原子炉冷却が冷却水では出来ず、高温の金属ナトリウムを使用するのが売りでも懸念でもありました。 ナトリウム漏洩事故(国際事故評価尺度レベル1)の隠蔽工作等が批判され、動燃は解体、その後運転再開の見通しの無いまま、運営を日本原子力研究開発機構に委ねることになりましたが、インセンティブの無い保守管理だけでしたので、士気も上がらず企業の協力も得られずに点検でも多くの不備が指摘される様になり、今日の勧告に至りました。

原子力規制委員会は、安全管理上のミスが相次ぐ高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)について、運営主体の日本原子力研究開発機構は「不適当」とし、新たな運営組織を見つけるよう馳浩文科相に求める勧告をまとめた。半年以内に適切な運営主体を示せない場合、もんじゅのあり方を抜本的に見直すことも求める。

もんじゅは2012年機器全体の2割に当たる約1万件で点検漏れが発覚、規制委は2013年に原子炉等規制法に基づく運転禁止命令を出し、原子力機構に管理体制の見直しを求めたが、その後も新たな点検漏れや機器の安全重要度分類のミスなどが次々と発覚するなど改善されなかったため、初の勧告に踏み切った。もんじゅは過去に約1兆円、年間約200億円の国費が投入されたが稼働実績はほとんどない。


もんじゅは高速増殖炉の原型炉、使った以上の燃料を生み出すため「夢の原子炉」とも言われ、水を使う一般の原発と異なり、核分裂で発生した熱吸収を液体ナトリウムで行うのが特徴ですので、ナトリウムは水分に触れると爆発燃焼するので、高度な技術が求められます。
もんじゅ運営に関して、原子力機構に代わる新組織を見つけるのは難しく、もんじゅを中核とした国の核燃料サイクル政策は大きな岐路を迎えることになりました。

今年も日本人のノーベル賞受賞者がいましたがそれは過去の産物、近頃の建設業の杭打ち不正等を考えますと、日本の技術水準は難局を切り開く進取の気勢が無く、衰えて来ていると思わざるを得ません。

水曜日, 10月 28, 2015

ドイツ帝国が世界を破滅させる-中国帝国との意思疎通が懸念

著者はフランスの歴史人類学者のエマニュエル・トッド氏、日本では、覇権主義の国と言えば中国を思い起こさせるのですが、EU圏内でのドイツの力は圧倒的でドイツ帝国として君臨しつつあると言う。

パックスアメリカーナとして君臨したアメリカの国力が落ちて、世界中でシステムにひびが入り、アジアでは韓国が日本に対する恨み辛みの故に、アメリカのライバルである中国と共謀し始めていますし、ヨーロッパに於いては国力とヘゲモニーからドイツ帝国の体を為しつつある。
戦後のアメリカの戦略は、ユーラシア大陸の二つの大きな産業の国の極、即ち日本とドイツをコントロールすることで成立して来たことが言われています。 日本社会とドイツ社会は、元来の家族構造も似ており、経済面でも酷似、産業力が逞しく、貿易収支が黒字だと言うことですが、日本文化が他人を傷つけないで遠慮するのに対して、ドイツ文化は剥き出しの率直さを価値付けます。

ヨーロッパには発展の余地のある低賃金ゾーンを利してドイツ産業が発展、それ以外の国々の産業システムが壊滅して、ドイツだけが得をするシステムとなっている。 ドイツが頑固に緊縮財政を押し付け、その結果ヨーロッパが世界経済の中で見通しのつかない状況を見ると、ドイツのリーダーシップの下で定期的に自殺する大陸ではないかと懸念するのです。

「ドイツ帝国」は最初もっぱら経済的だったが、今日では既に政治的になっていて、弱体化して来たアメリカに対抗すべく「ヘゲモニー」を掛けて、アメリカと同盟を強化する日本ではなく、もう一つの世界的輸出大国である「中華帝国」と意思疎通を通じ合わせ始めているのは見逃せないとしています。

木曜日, 10月 08, 2015

パトスではなくロゴスが肝要-加藤周一と丸山眞男へのオマージュ

近頃、戦後レジームの脱却を叫ぶ政治制度を含めて、世の中全て自己の情熱(Pathos)を語ることが多く、論理(Logos)が欠如しているので、説明を求められると、その都度説明が違って説得力がありません。 安保法制を憲法違反とする立場の著者ですが、戦後日本を代表する知識人である加藤周一と丸山眞男へのオマージュを呈しつつ、論理(Logos)の大切さを説いていることで、一読に値する書籍と思われます。 アリストテレスは説得のあり方について、3つの側面から考察する。 logos(ロゴス、言論):理屈による説得 pathos(パトス、感情):聞き手の感情への訴えかけによる説得 ethos(エートス、人柄):話し手の人柄による説得 logos(言論)を中心に据え、最も多くの記述を費やし、pathos(感情)やethos(人柄)の側面についても、それなりの記述を費やしている。 近代社会学の父であるマックス・ヴェーバーによって提示された社会支配の三形態、「合法的支配」「伝統的支配」「カリスマ的支配」とも重なる。 加藤周一は、「民主主義」は「個人の尊厳と平等の原則の上に考えられる制度」と定義し、1955年の「雑種文化論」にて、「持続・伝統と言う「型」の思考の枠組みの中に、「段階」思考の実質的問題意識を埋め込んだと主張する。 「型」と「段階」思考は、松尾芭蕉の言う「不易」と「流行」に等しく、働きかけの余地を無くす「型」でなく、進歩を追う「段階」でもなく、伝統の中に「変化」を促すと言う緊張関係に自分を置き、知識階級の広い層が闘うだけの質量を蓄える必要があり、「9条の会」に対する肩入れは、それを目指していたのだ。 丸山眞男は、「個人は国家を媒介としのみ具体的鼎立定立を得つつ、しかも絶えず国家に対して否定的独立を保持する如き関係に立たねばならぬ」とし、「弁証法的な全体主義」を必須として、「弁証法的な」と言う形容詞の無い「全体主義、有機体国家、権威国家、単一政党国家、等族国家等、一様に均された(Gleichschaltung)国民大衆の上に成立する権威的な体制国家は全て否定する」のです。 丸山は自由の質を問題にして「規範創造的自由」を「人欲の解放」としての自由に対置し、加藤は知識人の孤立を繰り返さない為に「雑種文化」の可能性を模索したのだ。 憲法に対する立場は改憲、加憲、保持と様々で、著者の考え方に賛同は要しませんが、パトス的な意思表明だけではなく、納得できるロゴス的議論が為されなければ、丸山の警戒する全体主義勃興が懸念されることになります。将に「言葉ありき」が本質です。

金曜日, 6月 05, 2015

加藤周一を記憶する-「戦後レジームからの脱却」へのアンチテーゼ

戦後を代表する知識人である加藤周一氏は、文化、芸術、政治について、時には見識の転回を重ねつつ啓蒙的活動をして来た稀有の存在で、その見識は近頃の「反知性主義」による安易な右翼的傾向に棹差すアンチテーゼとして見直す必要があるのでしょう。

文化的な解釈では、1970年代、例えば「もののあはれ」を表すとされた「源氏物語」は日本文学の正典中の正典とされていますが、仏教の影響を考察し、時間意識を読み取り、「源氏物語が我々に啓示する人間の現実とは、運命にあらず、無常にあらず、時の流れと言う日常的で根本的な人間の条件である」と新解釈を披露します。

政治的な解釈では、既に1980年代に次のように喝破しています。 「国民の生命財産を守るだけでなく、基本的人権、そして権力の民主的統御を守ることが求められ、その為には超大国との緊張関係を緩和する以外に有効な手段はない。
日本の軍国化が嘗てそうであった様に将来も又日本国民に不幸をもたらすだろう。殊に軍国化が、超大国間の争いの先棒を担ぐ形で行われる時はなお更である。 昨日は遠くて今日近きものは、教科書の書き直し強制、首相の靖国公式参拝、憲法9条空文化ですし、今日遠くて明日近きものは、自衛隊核武装、国際的な海外派兵、愛国の為の徴兵制度、平和の名目での局地戦となります。」

現状は、教科書検定の書き直し強制、憲法9条空文化、国際的な海外派兵、平和の名目での局地戦等が混在して到来しつつあるのでしょう!

著者は本書につき、下記のようにコメントしています。

加藤周一は、状況との緊張関係をもち、絶えず自らの知をつくり替えていった。「戦後思想」から出発し、フランス留学後の「雑種文化」によって「転回」をとげ、その後、60年安保を経てさらなる「転回」をなし、パリ五月革命、中国文化大革命など「68年」の状況に向き合う。そして晩年の「九条の会」参加に至るまで、5つの局面を経ている。 こうした加藤の「転回の軌跡を明らかにすることは、その時々の「知」の検証―「戦後」の内在的な検証となり、「戦後知」の新たな形を示す作業となる。更に安易になされている「戦後レジームからの脱却」への批判となるであろう。 「啓蒙の知」は現状への処方となり得るはずである。「反知性主義」への対抗として、啓蒙主義の放棄ではなく、啓蒙主義の蜂起へと至るものとして。

月曜日, 4月 27, 2015

コーシーとリーマン-高木貞治著「近世数学史談」

函数論は高等数学の入口ともされ、複素平面上にて正則函数の挙動を研究する分野で、多項式函数、 指数函数、三角函数、対数函数等を含むもので、大学では犬井鉄郎教授の講義を受けて、面白さに惹かれたものでした。
社会に出た後、地中管からの熱放出による温度分布解析には、等角写像を用いた図形変換で簡単に解決出来た際には、応用数学の有用さを実感したものです。

正則函数とは、複素函数(複素数を変数とする函数)の内で、定義域にて微分可能な函数のことである。領域内の全てで微分可能であることは正則性と言われ、多項式函数、 指数函数、三角関数、対数函数、ガンマ関数など、複素解析において中心的な役割を演じる函数の多くはこの性質を持っている。
z = x + iy とし、複素函数 f)は実 2 変数函数 u(x,y), v(x,y) を用いてf(x,y) = u(x,y) + iv(x,y)と表すことができる。f(z) = f(x, y) が正則函数であれば、u, v はコーシー・リーマンの方程式と呼ばれる偏微分方程式を満たす。


教養学部での解析学の教科書「解析概論」の著者である高木貞治氏は、1933年に「近世数学史談」を刊行、近世数学の巨人達の様子を紹介していますが、これがロマンチックな物語となっていて、倦むことがありません。
函数論の章では、コーシーを先駆者、リーマンを発展者として次の様に紹介しています。

コーシーの業績で最も顕著なのは函数論の創設であろう。しかしコーシーは創設を意識していたのではなく、ラプラース、ルジャンドル等が遭遇した特殊な定積分を計算することが要因だったのである。それらの定積分が複素変数を用いることに由って統一的な方法で計算されることを看破し、1825年「虚数限界内の定積分の論」なる論文を発表、その成果は今日で言う「極点(pole)に関する留数の定理」であった。
1851年に至って、今日の解析函数全てが函数論の対象として確認され、30年の歳月を経てコーシーの函数論に目鼻がついたのである。 1851年と言えばリーマンの学士論文「複素変数の函数の理論基礎」が出た年である。「微分商dw/dzが微分dzに関係無き一定の値を有する時に、wを複素変数zの函数」とし、コーシーが30年の歳月を経て辛くも達し得た立脚点を、平気で占有したのであった。


理論の進歩とはそう言うもので、ロゴス(知性論理)には適正な先人の業績を受け継ぐ伝統が必要なのでしょう!

月曜日, 4月 13, 2015

示唆に富む人生体験随想-五木寛之著「選ぶ力」

私たちは何時も大小取り混ぜて何らかの選択をしていますが、この何事も不確定で「思うままにならない」時代にどの様に対応して良いのか不安を覚えることも多い筈です。

著者は学校教師の家庭に生まれるも、生後まもなく朝鮮に渡り、敗戦による引き揚げでの生活苦、何とか大学入学するが貧困による大学中退、売血による生活維持しつつ、生来の活字好きから編集の仕事にあり付き、ルポライターを経て作家に転身と言う激動の人生を送った体験が詳らかに綴られています。

選ぶ、選ばれるは人生の一大事だ。しかも最近の世相は、「選ぶ」幅が激減して、やれリストラだ、非正規雇用だと、「選ばれる」リスクが大きくのしかかって来ている。一方で私たちの目の前には、自ら「選ばざるを得ない」状況が次々と巡って来る。
私自身は敗戦以来、一度の健康診断も検査も受けずに今日まで来た。いくつかの健康上の問題を抱えつつも、放置して暮らしている。しかし、それも私自身が選んだ道であり、そのことに関しては後悔が無い。


著者は近年、仏教への思いを募らせた著作が多く、本書でも始祖である仏陀の言葉や、法然・親鸞の著作が引用されて、選ぶ・選ばれる際の参考にすべきとしている。

仏陀「自分自身を頼りとして生きよ。そして真理を見失うな」
法然「阿弥陀仏一仏信仰は相互選択的なもの、選ぶ力が大切」
親鸞「分からないままに闇を彷徨い嘆くなら、何かを信じるしかない」

「思うままにならない」世の中では、巧みな言葉だけで励まされる様な時代は。もう終わったのだ。私たちに必要なのは、大声で送られるエールではなく、すれ違う際の一瞬の目配せの様なものではあるまいか。
私が述べたことは、私自身の正直な体験に過ぎない。それが迷いつつ生きる人々の何らかの一助になれば、と密かに願っている。


若い世代には嫌われる老人の昔話物語についても、回想療法と言うアルツハイマー対策での一番の治療法と述べていることにも納得出来る処がありました。