土曜日, 6月 02, 2012
浄土真宗は何故日本で一番多いのか(島田裕巳 著)-幻冬舎新書
日本の主な宗派としては、奈良時代からの南都六宗を始め、天台宗、天台宗から派生した浄土系(浄土宗、浄土真宗)、禅系(臨済宗、曹洞宗)、法華系の日蓮宗等があり、その「宗」の下にはいくつもの「派」が存在する。
浄土真宗では、本願寺派(西本願寺)、大谷派(東本願寺)が、その勢力を二分し、共に大教団となっている。
それら宗派及び新宗教(創価学会)の成り立ちと特徴・現状を分かりやすく紹介してくれているのは有り難く、宗派への理解が少し出来る様になりました。
信徒数は曹洞宗が700万人強、真宗本願寺派が700万人弱と続き、真宗大谷派、浄土宗、日蓮宗の順番になるらしい。
しかし、新宗教の創価学会は信徒1700万人とされる最大の宗教集団であり、その他の新宗教集団も相当数の信徒を抱えているが、日蓮宗から派生しつつも、決別して在家仏教を目指して性格を鮮明にして独立方向にあるらしい。
現在の葬式仏教は、曹洞宗の発案で、死者を一旦僧侶にするべく、戒律を授け、戒名を授けると言う仏教の伝統的考え方から外れる儀式を行うのだが、定着して他の宗派にも伝わって行く。
編み出された葬儀方法を通して、故人の供養と言う領域にも進出して、宗派の経済的基盤を充実させたことは大きい。
民間の霊園が多くなり、其処に墓を求めても、檀家関係を結ばないケースが増えている。檀家は本来、寺を支えるスポンサーとしての役割を果たすものであり、檀家離れは寺の経済基盤を失わせることに結びついて行く。
団塊の世代が消滅した後からは、死亡者数は減り、葬儀の簡略化は一層進み、檀家離れも加速されていることだろう。その時点で、本格的な葬式仏教の危機が訪れる筈だ。
しかし、新宗教を含め多様な仏教宗派が産まれ、それが現代にまで受け継がれていると言うことは、それだけ日本人が仏教に多くを期待して来た証でもあるのだ。
我が家でも、葬儀・49日法要は、葬儀社が紹介してくれた青梅市の和尚にお願いしましたが、納骨式、1周忌法要、3回忌法要は、霊園で近郊の和尚を紹介して貰ってことで、寺との檀家関係は無いのです。
日曜日, 5月 20, 2012
米国ノースダコタ州のシェールオイル
昨晩、NHKBSドキュメントWaveで「シェールオイルを掘り起こせ:新石油開発の衝撃」と言う番組で、ノースダコタ州バッケン(Bakken)油田でのオイルブームの様子が放映されていました。
米国は、新技術の開発によりシェールガス層から天然ガスを生産するのに加え、シェールオイル層から原油採掘を開始して、世界一の埋蔵量を保持する国に変貌しつつあり、アメリカンドリームの再来と期待されているのです。
シェールガスとシェールオイル採掘法:
シェールオイル開発は1980年代前半に採掘コストが高く、一旦断念となったのですが、近年の原油高騰で、再び脚光を浴び出したのです!
石油産業コンサルタントEPRINC(Energy Policy Research Foundation, Inc.)からノースダコタ州におけるシェールオイルの開発状況に関する特別レポートの寄稿を受けたので、同社の許可を得て掲載する。
Bakkenシェールオイル層とThree Forksシェールオイル層は、Williston Basinの一部を形成しており、カナダ・サスカチュワン州、マニトバ州、米国ノースダコタ州、モンタナ州、サウスダコタ州を取り囲むように賦存している。
Bakkenシェールオイル層の主要生産ゾーンは、主にノースダコタ州西部、サスカチュワン州南部とモンタナ州東部地域にある世界最大の連続した石油集積層であると考えられている
Bakken地域では、地表から約1万ft(3048m)地下のシェールロック層に軽質・低硫黄原油が賦存している。Bakkenシェールは3層から構成されており、上部はシェールロック層、中間は砂岩/ドロマイトの層、下部は再びシェールロック層となっている。
今日では、通常、中間の砂岩層を対象に水平坑井が掘削され、フラッキング(水圧破砕法)処理が施される。
Bakken地域の原油生産は採掘コストが高いが、先進的な技術の適用や運用会社のサポート強化によって、50ドル/bbl以上の井戸元価格を確保できる限りは、生産は維持できると考えられている。
フラッキング(水圧破砕法)処理は、掘削孔に高圧水やプロパント(砂、セラミック)、化学薬品を坑井から圧入してこのフラックを広げ、シェールオイル層に含まれる原油を坑井側に流し出す技術で、これに高度のノウハウが必要とされている。
しかし、この技術は完成されておらず、地下水脈への環境汚染が懸念されており、一部の州では規制の動きが強まっており、全てのシェールオイル層が、3000mを越える地下に賦存しているとは言えないことから、更なる技術開発が望まれる情勢にあるらしい。
水曜日, 5月 09, 2012
老いて知力が著しく低下-ウィーナーのサイバネティクスが読み難い
現代の制御・通信理論の原点となって、名著とされるウィーナーの「サイバネティクス」が岩波文庫として復刊されていましたので購入して来ましたが、とても読みにくいのです。
雑音の解析・合成には、非線形装置に無作為入力を与え、その出力をエルミート多項式と密接に関係した直交函数系の明確に定義された級数に展開することであり、非線形回路の解析は、多項式の係数を入力信号のあるパラメータの函数として、平均操作により決定することに帰着する。
曲線の予測を行う装置では、変分法の問題から導き出されるある型の積分方程式は、導波管の問題や、その他多くの応用数学の面白い問題にも出て来ることが示された。
大学時代は工学部ではありましたが、応用数学は好きな講義の一つで多少は勉強もし、直交函数系によるフーリエ変換、ラプラス変換、変分法は成程と習ったものでした。
しかし、会社に就職してからは、行列、全微分法、偏微分方程式を適用させることはあっても、積分方程式展開に至ることは無く、何時しか知識は忘却の彼方となっていたのです。
ギブズの統計力学には、時間平均と位相平均が出て来て、これら2種類の平均がある意味同じであることを示そうとした点では正しかったが、その関係の示し方に於いては完全に間違っていた。それにはルベーク積分の知識が不可欠なのだが、やっとアメリカに伝わって来たばかりで、30年後になって初めてフォン・ノイマン等の数学者達が、遂にギブズの統計力学に正しい基礎を与えたのである。
ギブズは同時代のヘヴィサイドと同じ様に、物理数学的な勘が論理に先行し、一般には正しい理論に達するけれども、何故正しいのかと言う説明が出来なかった学者の一人である。
ギブズは熱機関工学者にとって、自由エネルギーで知られる著名学者なのですが、応用数学講義ではルベーク積分の習得も無かったので何とも理解し兼ねる処があります。
又、ヘヴィサイドはフィードバック理論に不可欠なラプラス変換を使って、実質的に制御フィードバック理論を展開させたのですが、厳密な数学理論を基礎づけたラプラスにその名を譲ることになったのです。
実用を重んずる工学の世界では理論より応用が重視されますので仕方が無いのですが、工学者の一員として寂しいものがあります。
何れにせよ、サイバネティクスを読破出来るか否か、甚だ疑問の状態です!
木曜日, 4月 19, 2012
古代インド思想史観からの仏教概説-仏教誕生(講談社学術文庫)
日本では大乗仏教しか流入しておらず、その大乗仏教が最大の論的とした「外道」一派の思想研究を専門とした著者の論述は非常に興味あるものとなっている。
釈尊が創始した初期仏教は、道徳論に近いもので、難解では無かったとするのである。
因果応報の法則に基づいて生類は輪廻しつつ生きていると言う考えの下では、生類が自ら積んだ善悪の所産である。
この教えを代表するものとしては七仏通戒偈で、漢訳では次の通りである。
諸悪莫作 諸の悪を作すことなかれ
衆善奉行 衆くの善を奉行せよ
自浄其意 自ら其の意を浄めよ
是諸仏教 是れ諸の仏の教えなり
成道を得た釈尊その人には善悪は全く存在しない。ただ、釈尊は、窮極の目標に達していない人に向かっては、善をなし悪を止める様に勧めたのである。
仏教を広めるべく、大衆化路線が執られ、釈尊を超人的な仏として崇拝、祈念することによって、その無限の慈悲のお蔭で救われると言う救済思想を生みだしたとし、空海が持ち込んだ密教思想も初期仏教からの変質が激しいとするのである。
しかし、絶対的救済神を奉ずるヒンドゥー教の刺激を受け、西暦紀元前後に興った大乗仏教は、民衆化の名の下に超越的な仏、無辺の慈悲による菩薩救済と言うテーマを打ち出し、禅定と言う名の瞑想も極めて神秘主義的となり、心作用が停止する三昧体験を窮極の目標たる解脱であるとした。
密教に至っては手段が目的とされ、悟りとは三昧体験だと言う瞑想と智慧との区別が全く出来ていない根本的な誤解に貫かれた解釈だと言わざるを得ない。
又、苦行修行による覚り開眼も、禅宗の祖とされる道元をも、釈尊への誤解ではないかと具申するのです。
釈尊は説法を始めてから死に至るまで、苦楽中道の生き方を貫いた。既に釈尊は窮極の目的を達成していたのであるから、この生き方が修行であったとは言えない。
我が国の道元禅師は、「釈尊は生涯に亘って修行生活を送った、覚り(証)は修行(修)の中のみに現れる」と解釈しているが、これは彼独自の美しい誤解である。
結局は、祈祷仏教と葬式仏教に陥ってしまった我が国の仏教は、変革する余地があるのではないかと提言するのです。
わが国で、智慧の生まれ無い処に僅かに生き残ったのが祈祷仏教と葬式仏教だけと言うのも、当然の成り行きだったのであろう。
アジアに仏教と名のつく宗教が数ある中で、日本仏教ほど生のニヒリズムに縁遠い仏教は無かったのである。
既存仏教に飽き足らず数多くの新興宗教が興りつつある現在、著者の提言は仏教界のプロテスタント運動なのか知れないと思われてなりません。
土曜日, 4月 14, 2012
ひきこもれ-吉本隆明(大和書房)
本書は対談集では無いのですが、命題を定めた会話を録音編集したものであり書き下ろし文に較べて冗漫性は否めません。
それでも、我慢して読み続けますと示唆に富んだ提言を発見することが出来ます。
「ひきこもり」は良くなく、ひきこもっている奴は社会に引っ張り出した方が良いと言う考え方に僕は到底賛同することが出来ません。
家に一人でこもって誰とも顔を合わせずに長い時間を過ごす。周りからは一見無駄に見えるでしょうが、「分断されない一纏まりの時間」を持つことが、どんな職業にも必ず必要なのだ。
世の中の職業の大部分は、ひきこもって仕事をするものや、一度はひきこもって技術や知識を身に着けないと一人前になれない種類のものなのだ。
ですから自信を持ってひきこもれと言うのですが、やはり個人では生き抜けないと一般社会的な問題分析を提示するのです。
ひきこもりの人の弱点は、職業を持って自立することが遅れがちなここで、「いい年をして定職に着かない」と非難されることもある。
其処からの展開は、意を決して仕事を見つけることを推奨するのですが、少なからず唐突感があります。
なるべく早く、引っ込み思案ならその自分に合った仕事を見つけた方が良いのだ。何故なら、どんな仕事でも経験の蓄積がものを言うからで、持続と言うことが大切で、ある日突然何者かに成れると言うことは無いと言うことを知っておいた方が良い。
他人に満足をもたらす仕事には熟練が必要であり、又、熟練する程賃金も良くなり、本人にも自分は何かを身につけたと言う実感があります。
「ひきこもり」問題には、吉本隆明も示唆に富んだ提言をしてくれましたが、昔も今も自助努力・他人の助け無しには解決を見つけにくいと言うことで、やはり正解を見つけにくいと言うことなのでしょう。
火曜日, 4月 10, 2012
吉本隆明も老いて凡愚に還る
老いの超え方-朝日文庫
本書は身体、社会、思想、死の4部構成となっており、全てが対談内容をそのまま文章化して纏めたものである。又各部には、著者が過去に述べた対話が、語録集として追加されることになっている。
しかし、どうしてこの様な手を抜いた書籍を発行したのか、対話形式の文章化は編集者に任せ、自分では怠惰に徹して推敲を重ねる労力を惜しんだとしか考えられない。
戦後の日本を代表する詩人で思想家とされる著者も、老いて怠惰となり愚者に還ったのだと考えると合点が行きますが、侘しさが募って仕方が無い。
結局、本書は各部の語録集とあとがきを読めば、良いのでは思われるのだ。
「“もう良いことなんか何もねえよ”と言う軌道に入ったら、希望を小刻みに持つことしかない。今日は孫と遊んで楽しかった、面白かったと言う状態に持っていける様にするしか防ぎようが無い」と「家族の中で死ぬ」ことを強調するだけとするのも何とも情けない。孤立死は避けて通れないことにつき、発信して欲しいものなのに・・
死については、高村光太郎の「死ねば死に切り」と親鸞の「生死は不定である」が良いのではないかと結論付けるのだが、釈迦入滅に際して「後有(ごう)を受けず-即ち来世は無い」と喝破していることから考えると、考察不足では無いかとも疑いたくなってしまう。
本書のせめてもの救いは、書き下ろしの「あとがき」で、ゲーテの色彩論についての解釈で、ニュートンの科学的色彩論に較べて惨敗にも見えるのだが、ゲーテは四季折々の自然の豊富な色彩で「自然は際立っている」と感じる、その生態の謎が認知したい処だったのではなかろうかと述べていることにありそうだ。
詩人・思想家と言うならば、死ぬ直前まで意識のある限り、感銘を与える様な文章を発信し続けて貰いたいものだ。
日曜日, 3月 25, 2012
政府は必ず嘘をつく-堤未果(角川新書)
著者の堤未果女史は現在では少なくなった左派のジャーナリストであり、希少価値があるかも知れません。分析には鋭いものがあるのですが、自己変革に向けての啓蒙活動という方策しか示されていないのは残念に思われます。
しかし、現在問題とされる記者クラブを通じて政官と癒着してしまったマスコミに対してメスを入れたことは読んでみる価値があると思われます。
原発を推進して来た自民党と原発事故を隠蔽する民主党の根っこは同じだった。官僚と企業の癒着が安全神話を撒き続け、マスコミも学者も支配下に置いていた原子力村の存在は、海外メディアにも大きく取り上げられている。
巨大な資金力を持つ経済界が政治と癒着する“コーポラティズム”が支配を進める程に、選挙も又消費活動の一環としてマーケティング戦略に組み込まれて行き、“資本独裁国家”と化して、国民の選択肢は限りなく一党独裁に近いのだ。
対話形式の論理展開が多いので、雑駁の感は否めないが、ナオミ・クライン(Naomi Klein)の「ショック・ドクトリン」の日本版と言えないこともありません。
豊かな国有資源を持つイラクが、フセイン転覆後に大資本の特売場と化したように、リビアの富も又、市場に並べられるのだろうか。ナオミ・クラインが指摘した“戦争と債権の民営化モデル”が、此処にも見え隠れしている。
TPPへの参加協議を迎える日本も例外で無く、東日本大震災被災地における外資への税制優遇が「特区構想」や、「グローバル化」を掲げるだけでその実態は説明されないままだ。5大紙の社説はこうしたワンフレーズを含む推進内容になっており、「漁協」「農協」が旧体制のシンボルとして成長を阻む敵の様に描かれている。
TPP全加盟国の中でアメリカだけが、自国内法と異なるルールが検討事項に挙がった際、議会の承認が得られないことを理由に拒否できるのだ。これはTPPが自由貿易ではなく、アメリカ政府が要求するルールに支配されるものであることを示している。
これらショック・ドクトリンへの対抗策は、FacebookもTwitterも“コーポラティズム”範疇にあるので、自己変革が必要だと結論づけるのには竜頭蛇尾と残念に思われて仕方がありません。
原発も放射能汚染も、TPPも金融危機も、医療も教育も第一次産業も、様々な立場からの声が上がるだろう。大切なのは一つの情報を鵜呑みにせず、多角的に集めて比較し、過去を紐解き、自分自身で結論を出すことだ。
マルクスが望んだ「99%のプロレタリアよ、団結せよ!」は、資本独裁主義へのアンチテーゼとして復権されるべきなのでしょう!
土曜日, 2月 25, 2012
不確定性原理が訂正されるらしい
20世紀の物理学の発達は、アインシュタインの天才振りに負う処が大きいのです。
光は波動でもあり粒子でもあると言う光量子説で、ニュートン力学を超越することとなり、光電効果は次の様に表され
E=hν-W (hはプランク定数)
光センサとしての用途が広く、各種の研究開発や工業生産・測定などの現場で利用されていて、太陽光発電も此処から派生したと考えられます。
相対性理論では、物質のエネルギーは次の様な簡便な等式で表わされることを推奨し
E=mc2 (cは光の速度)
核物理学が発展し、核分裂の連鎖反応による原子爆弾兵器の製造を導くこととなった。尤も彼は核爆弾禁止活動に奔走し、原子力平和利用に邁進努力したとされています。
1927年にハイゼンベルクの不確定性原理が発表されたのですが、アインシュタインは自然は極めて単純な等式で表わされると言う経験と自負から、認め難たったとされています。
ハイゼンベルクが提唱した不確定性原理は、等式で無く不等式で表わされるからです。
εqηp ≧ h/4π (hはプランク定数、πは円周率)
アインシュタインの想いに反して、あらゆるものが曖昧で確率的にしか決まらないと言う不確定性原理は認知されることとなり、量子コンピュータや量子暗号等、情報技術の研究の有力な武器になって来ていますが、この有名な不確定原理が訂正されるらしいのです。
数学者の小澤名古屋大教授は、2003年にハイゼンベルクの式を修正する「小澤の不等式」を提唱しました。
εqηp + σqηp + σpεq ≧ h/4π
新たに出てきたσq,σpというのは物体の位置と運動量が,測定前にもともと持っていた量子ゆらぎ。ハイゼンベルクの原式と違って、εqやηpがゼロになっても、σqやσpが無限大であれば成立します。つまり誤差ゼロの測定が実現できるのです。
「小澤の不等式」は「ハイゼンベルクの不等式」を厳密に整理し直したものですから、量子力学の基本方程式は変わりません。
尚、光速を超えたとしたニュートリノの実験結果は間違いだったと最近報道されていますので、アインシュタインの相対性理論は存続する様子です。
土曜日, 2月 11, 2012
天災と国防-寺田寅彦 そして原発問題
寺田寅彦氏は、悲惨な自然災害には、過去の教訓を無視した人災が大きく影響する結果となり、それが2千年来繰り返されていると断じています。

昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかった様である。それは実際いくらか考え映えがする世の中であったからかも知れない。
これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細い様な気がする。2千年来伝わった日本人の魂でさえも、打ち砕いて夷狄の犬に喰わせようと言う人も少ない世の中である。一代前の言い置き等を歯牙にかける人はありそうもない。
しかし地震や津波は新思想の流行等には委細構わず、頑固に保守的に執念深くやって来るのである。科学の法則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
それだからこそ、20世紀の文明と言う空虚な名を恃んで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は1923年の地震で焼き払われたのである。
解説者の畑村洋太郎氏は、その寅彦氏の述懐を反映して、福島第一原発の深刻な事故について次の様に解説しています。
日本全国には原発反対運動と言う大きな縛りがある。電力会社は反対派に対抗する為に「原発は絶対に安全」と言う建前を貫き、その根拠を国の定める外部基準に求め、盾にする様なことをして来た。
しかし原子力を運用する組織がこれを前提に動いていたら、これ程危険なことは無い。
福島第一原発の深刻な事故に結びついたとすると当然の成り行きとしか言いようが無い。
安全対策と言うのは危ないことを前提に動いているから効果があるのである。想定外の問題が起こった時に正しく対処するには、進むべき道を自分で考える為の内部基準が必要となる。内部基準が無い場合は、想定外の門題が起きると大抵は思考停止状態に陥る。
福島第一原発で全ての電源が喪失すると言う想定外の事故が起きた時、何も手を打たず、当然予想できた水素爆発が起こるのを許してしまった。そうすると、この事故は想定外の問題に対して対処出来る内部基準を備えることを怠った組織不良によるものであることは間違い無いのである。
災難であれ失敗であれ、辛い厭なものだが、これらは使い様によって人間を成長させる糧にすることも出来る。自然災害による試練は、地球に住む限り避けては通れない宿命である。そうであるなら、寺田の言う通り、寧ろこれらと向き合って、多くの知恵を授かる様にした方が良いだろう、それが賢い生き方と言うものである。
従来の想定内の事故に対する「制御安全」に拘泥することなく、他国からのミサイル攻撃に耐え得る「本質安全」を目指して聖域なき奮闘努力をして頂きたいものだと思っております。
畑村氏とはどうも大学同期生で、私が学んだ航空学科では、鵜戸口英善氏の材料力学講義、藤井澄二氏の振動学講義には機械学科建屋に出向いて講義を受けていましたので、机を並べて学んでいたと思われますが、学科の違いもあり覚えていませんのは残念です!
金曜日, 2月 10, 2012
中公新書 寺田寅彦-和魂洋才の物理学者
「天災は忘れた頃にやって来る」とは物理学者である寺田寅彦の警言として良く知られています。
東大教授として理化学研究所主任研究員として、ノーベル賞になるべき種々の科学業績を残しつつ、随筆家としても文筆家として類稀なる足跡を残しています。
彼は興味の視点が多岐に亘っていて、理学博士の学位論文が「尺八の音響学的研究」と一風変わった学位論文で、イギリスのノーベル物理学者レーリー卿の「音響理論」に触発されて研究されたものでした。
その論文選択には、熊本第五高等学校からの恩師であった夏目漱石の文学的影響に加えて、科学への係わり方、人生観への影響も少なからずあったのだと推断出来ます。
しかし其処で、著者は寺田寅彦には二人の師がいたとし、それは夏目漱石とレーリー卿だと断ずるのですが、著者の勝手な思い入れと解釈で、真実は違うのではないかと思わざるを得ません。
寅彦には夏目が人生の師であり私淑したことは確かでしたが、彼を通して“高等遊民”的な人生感を学び、感化された「音響理論」を上程したレーリー卿が偶々“高等遊民”的な生き方していたことに憧れたのかも知れないと考えるのが妥当だと思うからです。
しかし、著者の寅彦に対する判断は以下の点では納得出来るものがありました。
20世紀初頭は物理学の“疾風怒涛”の時代で、こうした嵐の吹き荒れる時代に身を置いた寅彦は、古典物理学の世界に専心し、科学解説サイエンス・コミュニケーションと言う試みを行い、新しい潮流にも力を入れると言う“棲み分け”をしながら、物理学全体を視野に収めた稀有な存在であった。
アインシュタインの「相対性理論」が発表された際に、その素晴らしさを認識した世界でも数少ない物理学者の一人とされていることから、そのことが分かります。
彼が研究視点を分散せず、新しい物理学研究に専心することがあったら日本人初のノーベル物理学受賞者になったことだと思われてなりません!
月曜日, 11月 07, 2011
変換効率36.9%の太陽電池
太陽電池は光電効果で太陽光から直接発電する方式ですが、変換効率の低さが災いして大規模化するには設置面積が大きくなり過ぎる欠点があります。
太陽電池実用化開始時点では10%に満たなかった変換効率も20%を超えて来ていますが、初期投資が過大で、補助金無しの事業展開は無理だと見ていました。
その変換効率が目標値の40%に近づいて来ていると言う注目すべきニュースがありました。
形式は良く知られているSi結晶系ではなく、化合物太陽電池とのことで、コストが高いことが難点の様に思われます。
In(インジウム)、Ga(ガリウム)やAs(ヒ素)などを用いることから主に人工衛星などの用途に限られる様ですが、資源再利用を含めたコストダウンで地球上での一般住宅や車等への技術的波及効果を期待して注目して行きます。
シャープは「化合物3接合型太陽電池」にて変換効率36.9%を達成したことを発表した。
化合物太陽電池は、Si結晶系に比べて高い変換効率を実現出来るが、コストもSi結晶系に比べて高くなってしまい、Ga(ガリウム)やAs(ヒ素)などを用いることから一般住宅ではなく主に人工衛星などの用途に用いられている。
同社は2000年から違う波長の光吸収層をGaAs基板からトップ/ミドル/ボトム層の順に積み重ねて、最終的にGaAs基板から切り取ってさまざまな別の基板に転写することで高効率化を実現する「化合物3接合型太陽電池」の開発を進め、2009年にはボトム層を従来のGeからInGaAsに変えることで3層を効率よく積み上げ、かつ取り出せる電力をより向上できる技術を開発し、変換効率35.8%を実現していた。
今回の研究では、その3層に積層された太陽電池の各層を直接につなぐための必要な接合部の抵抗を低減させることで変換効率の向上を実現した。
将来的には量子ドットなどを4層目として挿入し、4層構造とすることで、さらなる効率の向上を目指しており、通常の地上での変換効率40%、集光型太陽電池での変換効率50%の達成を目標として開発を進めていくとしている。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が掲げる太陽電池の変換効率の2014年目標値は達成済みで、2025年目標の宇宙37%、地上40%、集光50%を実現させる段階に入りつつある
放熱板との一体化による集光型での高効率化やフィルム転写によるフレキシブル化、GaAs基板の再利用技術の模索などを進めることで、量産効果/リサイクルによる低コスト化の実現を目指すとしている。フィルム型太陽電池が実用できれば、重量とスペースの問題が常に付きまとう宇宙機にとってもブレークスルーとなる可能性も考えられる
化合物太陽電池に関しては、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が評価を進めており、2013年には部品認定を受ける予定で、宇宙での実証実験を経た後、2014~15年頃には実用化としたいとしている。
日曜日, 10月 23, 2011
角栄礼賛のドキュメンタリー-日中国交正常化(中公新書)
田中角栄には金権政治のイメージがあり、その亜流たる小沢一郎もマスコミで叩かれ放題の状況にあります。
しかし、懸案の日中国交正常化を、日米安保体制と両立させ、台湾との民間交流を続けつつ、一気呵成に成し遂げた功績は、日本の国益を考えるとやはり認めなければなりません。
その際の日中共同声明は前文と9項目の本文からなり、両国にとって国情を反映した妥当な声明であると思われるのです。
本文第7項目:
日中両国の国交正常化は、第3国に対するものでない。両国のいずれも、アジア・太平洋地域に於いて覇権を求めるべきでなく、この様な覇権を確立しようとする他の如何なる国或いは国の集団による試みにも反対する。
しかしながら、近年中国の覇権主義が台頭して、その精神に悖る海洋権益拡大の動きが出て来ていることには残念な思いがしてなりません。
著者は次の様に自分の思いを述べていて、自分の論理に陶酔している感もするが、私の息子世代である若さも、その探求心故にそれなりに評価してあげたいと思うのです。
田中と大平の個性が共振する姿を外交交渉を描きつつ、あり得べき政治指導の姿を探し求めた。政治指導のあり方は、少なからず官僚の使い方に現れるもので、彼らの果たした役割も、インタビューを通じて正当に評価しようと心掛けた。
近年、政治家が官僚との対決を標榜する傾向が見られるものの、少なくとも外交に関する限り未熟な方法と言わねばなるまい。
本文第3項目:
中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。
近頃、マスコミも中国政府の宣伝に乗せられて、台湾は中国の一部であることが既成事実の様な論調も目立つのだが、共同声明では、両国の主張併記で、日米安保体制にも抵触させない配慮がなされていることに、改めて確認したいと思うのです。
又、尖閣諸島については、周恩来首相は、日本が実効支配する領土について自国から発議するのは外交上得策では無いと認識し「尖閣諸島について話すのは良くない。石油が出るから問題になった」と話を打ち切ったと言う。そして、対ソ戦略を重視する百戦錬磨の周首相は、日中共同声明の調印を急ぎつつ、日本外交の不慣れさを救ったのだとの逸話が載せられているのは、日本国民として感謝・留意したいものです。
近年の中国外交部には、覇権主義が横溢して、その様な偉大なステーツマンが皆無となりました。
土曜日, 10月 15, 2011
Indignez-vousをAmazonで購入予約
著者ステファン・エッセルは93才、第2次世界大戦のレジスタンス闘士で、ユダヤ人であるにもかかわらず、イスラエルを糾弾する積極的な活動を続けている稀有な人物の様です。
世界的に若者の抗議運動が熱を帯びていますが、フランスではベストセラーとなって、若者たちのバイブルにもなっていると報じられています。
僅か20ページ程の小冊子で、この年末にも邦訳が出版されるとのことですが、フランス語の再学習を込めて、Amazonで購入予約をしました。
1 "Indignez-Vous!(憤激せよ)"
Stephane Hessel; ペーパーバック; ¥ 385
2 "Time for Outrage!(怒りの時)"
Charles Glass; パンフレット; ¥ 485
どうも在庫は無いらしく、入手は11月4~13日と4週間程度掛るとのことです。配送料を含めて1000円程度と考えています。
インターネットで“Indignez-vous”検索しますと、著者に対するインタビューが多数見つかりましたが、93才と言う高齢にも拘わらず、矍鑠たるものがありました。
indignez-vous--de-stephane-hessel-quand-un-ancien-resistant-parle-d_engagement
ステファン・エッセルは、1917年ベルリンで生まれ、1925年にフランスに移住。両親はユダヤ人。父親はプルーストをドイツ語訳した人で、母親は画家。
1937年にフランス国籍を取得。第二次大戦でドイツ軍の捕虜になるが、脱走してロンドンのドゴール将軍の指揮下に入る。
1944年フランスの戦線に戻るが捕えられ、ドイツの強制収容所に移送される。脱走に成功するも再び逮捕、またまた列車から飛び降りて逃亡し、アメリカ軍に加わる。
戦後は国際連合事務局に入り、世界人権宣言の起草に寄与。
アルジェリア戦争当時は、アルジェリア独立運動を支持。1981年ミッテラン大統領によって、フランスの国連大使に任命される。現在、ユダヤ人であるにもかかわらず、パレスチナ人の側に立ってイスラエル商品ボイコットのキャンペーンを行うなど、積極的な活動を続けている。
木曜日, 10月 06, 2011
通貨を知れば世界が読める-PHP新書
著者の浜矩子(はま のりこ)女史は、度々TVに出演しているが、なかなか説得力のある解説者だとコメントを傾聴しています。
一橋大学は、哲学的な方向付けよりも、実務的な経済学者を輩出していることで知られていますが、彼女もそうした基本方針で育てられた人材の一人の様に思われます。
基軸通貨の米ドルが危うくなり、後継とも目された欧州ユーロも先行きが不安視される中、著者の定義は納得出来るものがあります。
「その国にとって良いことが世界にとっても良いことであると言う関係が成り立っている国の通貨」が、国際的基軸通貨と呼ぶに価する。
大英帝国が世界の富を一手に握った「パックス・ブリタニカ」の時代のポンドがそうであり、第2次世界大戦後の「パックス・アメリカーナ」の時代のドルもそうであった。
それを踏まえた現状分析は、甚だ厳しいものがあります。
2000年代も後半になり、通貨を取り巻く状況を大きく変えた二つの「まさか」が起きた。2008年のリーマン・ショック、及び2009年のギリシャ金融危機である。
前者は、既に実質的には基軸通貨の座を降りたにも拘わらず、それを認めようとしないアメリカへの退場勧告とも言うべきものであり、後者は、ドルに替る基軸通貨として期待されたユーロが、その役割を果たせないこと、更に、その存在すら危ぶまれるものだと言うことを示す警戒シグナルであった。
円高圧力の強い日本の現状分析には、円を裏基軸通貨として展開するのが良いとし、日本人を鼓舞させようとする意図が強い。
今回の東日本大震災で、地球的なサプライチェーンがどれだけ大きな影響を受けたかを考えても、グローバルな次元での日本の社会的責任は大きい。円が動けば世界が揺れる、日本の物作りが揺らげば世界が倒れる。成熟債権国は、自らの行動や降りかかる命運の波及効果を常に意識しておかなければいけない。
明らかに、子供じみた振る舞いとの決別の時が来ている。大人の国の大人の通貨を大人らしく管理する覚悟が求められている。
強い通貨と豊富な債権、そして知恵と工夫を用いて、如何に豊かな国を築いて行くかが問われていて、日本が前人未到の大人の世界を自力で開拓することは、日本型ジャスミン革命となるのではないか。
大きな政治的課題であるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には、基本的には反対の様で、21世紀食糧自力調達が問われている現状を踏まえてかは不明ですが、納得出来るものがあります。
TPPは、環太平洋の国々が協定を結んで自由貿易圏を作ろうと言うものであるが、要は特定地域の囲い込み政策で、いわば集団的鎖国主義である。基本的に閉鎖主義的な対応である。
通貨と通商の世界における自己防衛的囲い込みが、地球経済をズタズタに分断して行くのが最悪のシナリオで、其処に向かわない様に、債権大国の誠意ある大人の外交が問われる処だ。
木曜日, 9月 29, 2011
数学は矛盾しているか不完全のどちらかである
先日本屋に行って、気軽に読める新書本ではなく、偶にはじっくりと読める図書を探していましたら、ゲーデル著「不完全定理」と言う岩波文庫がありましたので、買って帰りました。
51年昔、教養学部での数学の講義は、高校時代での問題を解くことを主にする授業と違い、定義を大切にする意味合いが強く、興味深いものでした。
解析学では、当時微分幾何学の気鋭学者である長野正氏が講師で、参考書は高木貞治著「解析概論」と言う名著でした。
代数学では、講師は森繁雄氏で、受験参考書で知られていた人で、スミルノフ著「高等数学教程」を参考書として勧められました。
その後、工学部に進みましたので、数学講義も純粋数学から応用数学へ転換し、犬井鉄郎氏の講義となりましたが、やはり興味をそそるものがあったのです。
企業に入り、応用数学適用の命題が多く、寺沢寛一著「数学概論」を参考にすることも多くなり、業務上の難問解決の為、微分方程式の構築、行列知識の適用・応用等には心血を注いだものでした。
しかし50年を過ぎて、頭もすっかり硬くなり、純粋数学書では、なかなか読み進めることが出来ません。
やはり、工学者の弱点でもあるのでしょうか、物理的意味合いの無い命題を、数学的に理解する意気が続かないのです。
1.形式系と呼ばれる論理学の人工言語で記述された数学は、その表現力が十分豊かならば、完全且つ無矛盾であることはない。(第一不完全性定理)
2.形式系が無矛盾であると言う事実は、その事実が本当である限り、その形式系自身の中では証明出来ない。(第二不完全性定理)
20世紀最大の数学者ヒルベルトは、数学における合理性を究極の形で確立すると言う、極めて近代ヨーロッパ的な目的を担っていたが、上記ゲーデルの不完全性定理が結果的に合理性に対する素朴な信頼性に否を突き付ける形になった。
その為、数学の定理でありながら、西洋哲学、心理学、思想、情報学等の研究者を引き付け、様々な影響を与える結果となっている。
解説が面白いので、もう少し読み進めますが、読破する自信は全くありません!
我が家の本棚には、永らく使われたことが無いまま、高木貞治著「解析概論」、寺沢寛一著「数学概論」、スミルノフ著「高等数学教程」12巻は、寂しく眠っています。
51年昔、教養学部での数学の講義は、高校時代での問題を解くことを主にする授業と違い、定義を大切にする意味合いが強く、興味深いものでした。
解析学では、当時微分幾何学の気鋭学者である長野正氏が講師で、参考書は高木貞治著「解析概論」と言う名著でした。
代数学では、講師は森繁雄氏で、受験参考書で知られていた人で、スミルノフ著「高等数学教程」を参考書として勧められました。
その後、工学部に進みましたので、数学講義も純粋数学から応用数学へ転換し、犬井鉄郎氏の講義となりましたが、やはり興味をそそるものがあったのです。
企業に入り、応用数学適用の命題が多く、寺沢寛一著「数学概論」を参考にすることも多くなり、業務上の難問解決の為、微分方程式の構築、行列知識の適用・応用等には心血を注いだものでした。
しかし50年を過ぎて、頭もすっかり硬くなり、純粋数学書では、なかなか読み進めることが出来ません。
やはり、工学者の弱点でもあるのでしょうか、物理的意味合いの無い命題を、数学的に理解する意気が続かないのです。
1.形式系と呼ばれる論理学の人工言語で記述された数学は、その表現力が十分豊かならば、完全且つ無矛盾であることはない。(第一不完全性定理)
2.形式系が無矛盾であると言う事実は、その事実が本当である限り、その形式系自身の中では証明出来ない。(第二不完全性定理)
20世紀最大の数学者ヒルベルトは、数学における合理性を究極の形で確立すると言う、極めて近代ヨーロッパ的な目的を担っていたが、上記ゲーデルの不完全性定理が結果的に合理性に対する素朴な信頼性に否を突き付ける形になった。
その為、数学の定理でありながら、西洋哲学、心理学、思想、情報学等の研究者を引き付け、様々な影響を与える結果となっている。
解説が面白いので、もう少し読み進めますが、読破する自信は全くありません!
我が家の本棚には、永らく使われたことが無いまま、高木貞治著「解析概論」、寺沢寛一著「数学概論」、スミルノフ著「高等数学教程」12巻は、寂しく眠っています。
木曜日, 9月 22, 2011
LEDナツメ球
先日、蛍光灯の真ん中についていて常夜灯に使うナツメ球(豆球、ベビー電球)が切れましたので、100円ショップに買いに行きました。
!従来のナツメ球は白熱電球タイプで、フィラメントが光り消費電力は5W程度のものが一般的です。
105円で2個入っているのが売られていましたが、同じ棚にはLEDナツメ球1個が105円で陳列されていましたので、LEDタイプのものを購入することにしました。
蛍光灯の真ん中に付いているナツメ球(豆球、ベビー電球)は、LED光源のものが数年前から実用レベルになって来ている様です。
LEDタイプの消費電力は0.5Wと白熱電球タイプに比べ、1/10に過ぎませんのも魅力です。
玄関外灯、階段灯、トイレ灯等の60W白熱電球はLED電球に取り換えましたが、従来の白熱電球が100円程度で買えたのに比べ、2000円とは高過ぎますので、風呂場灯、玄関内灯は800円程度で買える蛍光灯タイプのままにしてあります。
それでも、消費電力は1/5にはなるからです。
ランニングコストが安いため、短期間使うだけなら白熱電球がお得、長期間使うならLED電球が良いと言われますが、イニシャルコスト次第だろうと思っています。
しかし、LEDナツメ球は従来のものに較べて、2倍程度の価格で手頃、他の場所も取り替えて行こうかと思っています。
!従来のナツメ球は白熱電球タイプで、フィラメントが光り消費電力は5W程度のものが一般的です。
105円で2個入っているのが売られていましたが、同じ棚にはLEDナツメ球1個が105円で陳列されていましたので、LEDタイプのものを購入することにしました。
蛍光灯の真ん中に付いているナツメ球(豆球、ベビー電球)は、LED光源のものが数年前から実用レベルになって来ている様です。
LEDタイプの消費電力は0.5Wと白熱電球タイプに比べ、1/10に過ぎませんのも魅力です。
玄関外灯、階段灯、トイレ灯等の60W白熱電球はLED電球に取り換えましたが、従来の白熱電球が100円程度で買えたのに比べ、2000円とは高過ぎますので、風呂場灯、玄関内灯は800円程度で買える蛍光灯タイプのままにしてあります。
それでも、消費電力は1/5にはなるからです。
ランニングコストが安いため、短期間使うだけなら白熱電球がお得、長期間使うならLED電球が良いと言われますが、イニシャルコスト次第だろうと思っています。
しかし、LEDナツメ球は従来のものに較べて、2倍程度の価格で手頃、他の場所も取り替えて行こうかと思っています。
木曜日, 9月 15, 2011
星と嵐(五つの北壁登行)
森林浴を満喫するべく、時々日帰りで低山トレッキングをしています。
日帰りとするのは、噴き出た汗をゆっくりと自宅のシャワーで流しつつ、疲れた体を休めるのが快適と思っているからなのです。
何と言うことは無く、手に取ったガストン・レビュファ(Gaston Rebuffer)と言う著名なアルピニストの登攀記を読んでいますが、到底及ぶべくも無い別世界が繰り広げられていました。
もしも私達が登るのを止められて、「何故山へ行くのか?」と言う避けられない質問をされたなら、今日の私達は直ぐにこう答えただろう。「僕たちは山に登る為に出来ているんだ」。
本能、岩への愛、テクニック・・私達は何故登るのかと言った疑問には、付き纏われないで登って、全てが幸いしている。
森林限界を越えた岩壁でビバークすること等は、あまりに難行で、想像出来ずにいる程です。
それですので、登攀記と言うより紀行文と読み進めますが、マッターホルン北壁行はその描写力に読み応えがあります。
マッターホルンはその母岩から外皮を脱ぎ去った山、その構造と飛躍ぶりには幾何学的な厳しさがある。他のどこの山より、マッターホルンは理想的な峰で、一度も山を見たことは無い子供達が思い描く山だ。
この山は孤立した峰だけに、その美しさは格別で、周囲には崩れた岩屑の荒れ地、低く身を屈した寝ぼけた様な峰々があるに過ぎない。
北壁? 何と不愉快な登攀、それでいて豪奢な登山であることか!
天に向かってそそり立つピラミッドの頂上で、か弱い人間の私達は、地球が眠りにつく場面に立会い、地球と共に夜に身を委ねる。
28年前に、ゴルナーグラート駅からリッフェル湖駅迄、山下りを1駅間だけ家族4人でしたことを思い出しました。

下りでしたので息が切れる訳でもありませんでしたが、富士山頂を越える高さでアルプの世界、周囲は殆ど瓦礫だらけで、その下は永久凍土の世界だったと記憶しています。
日帰りとするのは、噴き出た汗をゆっくりと自宅のシャワーで流しつつ、疲れた体を休めるのが快適と思っているからなのです。
何と言うことは無く、手に取ったガストン・レビュファ(Gaston Rebuffer)と言う著名なアルピニストの登攀記を読んでいますが、到底及ぶべくも無い別世界が繰り広げられていました。
もしも私達が登るのを止められて、「何故山へ行くのか?」と言う避けられない質問をされたなら、今日の私達は直ぐにこう答えただろう。「僕たちは山に登る為に出来ているんだ」。
本能、岩への愛、テクニック・・私達は何故登るのかと言った疑問には、付き纏われないで登って、全てが幸いしている。
森林限界を越えた岩壁でビバークすること等は、あまりに難行で、想像出来ずにいる程です。
それですので、登攀記と言うより紀行文と読み進めますが、マッターホルン北壁行はその描写力に読み応えがあります。
マッターホルンはその母岩から外皮を脱ぎ去った山、その構造と飛躍ぶりには幾何学的な厳しさがある。他のどこの山より、マッターホルンは理想的な峰で、一度も山を見たことは無い子供達が思い描く山だ。
この山は孤立した峰だけに、その美しさは格別で、周囲には崩れた岩屑の荒れ地、低く身を屈した寝ぼけた様な峰々があるに過ぎない。
北壁? 何と不愉快な登攀、それでいて豪奢な登山であることか!
天に向かってそそり立つピラミッドの頂上で、か弱い人間の私達は、地球が眠りにつく場面に立会い、地球と共に夜に身を委ねる。
28年前に、ゴルナーグラート駅からリッフェル湖駅迄、山下りを1駅間だけ家族4人でしたことを思い出しました。
下りでしたので息が切れる訳でもありませんでしたが、富士山頂を越える高さでアルプの世界、周囲は殆ど瓦礫だらけで、その下は永久凍土の世界だったと記憶しています。
木曜日, 9月 08, 2011
学校秀才の内部告発-官僚の責任
財務省と並んで、キャリア組のエリートが集まる省ともされる経産省生え抜きの改革派キャリアの内部告発なのですが、今話題となっている松下政経塾と関係の深いPHP新書であるのが気に掛ります。
彼の名は古賀茂明、仙石由人の彼に対する脅しは、2010年7月に辞任を、9月にイジメ出張を強要、10月の覚悟を決めて古賀審議官が国会参考人発言したことに、意味の無い公開恫喝を行ったことで、一躍知られることとなりました。
彼は、次の様に分析していて、正鵠を得ている様に思われます。
日本の官僚は優秀でも公正でも中立でも無い。「官僚組織は最高の頭脳集団」は単なる幻想に過ぎなかった。
「世界一」と我々が信じ、拠り所にして来た日本の技術力の高さが、原発事故の対応の拙さから、実は幻想に過ぎなかったと言う現実が明らかになったと同じ様に、日本の官僚も、専門知識に乏しく、判断も決断も出来ず、自分では責任を取ろうとしない、素人集団であることを、広く国民の前に露呈してしまった。
原子力の分野に留まらず、財政悪化させたことから明らかな様に、財務官僚のレベルもお粗末なもので、あらゆる分野で日本の官僚は世界標準に較べて相当遅れていると言わざるを得ない。
それどころか、今や危機的状況にある国を食い潰し、崩壊させかねない存在になっていると言っても過言では無くなっている。
しかし、実務経験に乏しい学校秀才の出自による限界なのか、本書後半の提言で「官僚や政治家という既存の枠組みの中で、国家を憂う人達が集まれば、未だ何とかなる」との認識には大きな違和感を持たざるを得ません。
「東大法科卒エリートが国を動かす」と言う永らく是認されて来た方針は、東京電力、保安院やエネルギー庁という役所に見られる傲慢な意識や計画性の無さは、失敗だったことを示しています。
其処で、政治家や官僚の思惑で何かを決めるのではなく、国民の強い意志を反映させた産学政官共通基盤で国民を導く体制を構築すること、後世の検証に耐え得る組織が要求されているのです。従前のキャリア組主導方式では上手く行かないのですから・・
上記の如く、起承転結の「転」部分には肯ずる訳には行かない処がありますが、「結」部分には納得出来るものがあります。
消費増税に踏み切るのが責任ある政治家だとの誤解があるが、そうでは無く、既得権益グループと戦える政治家こそ真の責任ある政治家なのだ。消費増税を小さくしても大丈夫な道筋をつけることに命を賭けて欲しい。
そして公務員改革を断行して官僚が真の政治家を全力で支える、それが理想だ。
彼の名は古賀茂明、仙石由人の彼に対する脅しは、2010年7月に辞任を、9月にイジメ出張を強要、10月の覚悟を決めて古賀審議官が国会参考人発言したことに、意味の無い公開恫喝を行ったことで、一躍知られることとなりました。
彼は、次の様に分析していて、正鵠を得ている様に思われます。
日本の官僚は優秀でも公正でも中立でも無い。「官僚組織は最高の頭脳集団」は単なる幻想に過ぎなかった。
「世界一」と我々が信じ、拠り所にして来た日本の技術力の高さが、原発事故の対応の拙さから、実は幻想に過ぎなかったと言う現実が明らかになったと同じ様に、日本の官僚も、専門知識に乏しく、判断も決断も出来ず、自分では責任を取ろうとしない、素人集団であることを、広く国民の前に露呈してしまった。
原子力の分野に留まらず、財政悪化させたことから明らかな様に、財務官僚のレベルもお粗末なもので、あらゆる分野で日本の官僚は世界標準に較べて相当遅れていると言わざるを得ない。
それどころか、今や危機的状況にある国を食い潰し、崩壊させかねない存在になっていると言っても過言では無くなっている。
しかし、実務経験に乏しい学校秀才の出自による限界なのか、本書後半の提言で「官僚や政治家という既存の枠組みの中で、国家を憂う人達が集まれば、未だ何とかなる」との認識には大きな違和感を持たざるを得ません。
「東大法科卒エリートが国を動かす」と言う永らく是認されて来た方針は、東京電力、保安院やエネルギー庁という役所に見られる傲慢な意識や計画性の無さは、失敗だったことを示しています。
其処で、政治家や官僚の思惑で何かを決めるのではなく、国民の強い意志を反映させた産学政官共通基盤で国民を導く体制を構築すること、後世の検証に耐え得る組織が要求されているのです。従前のキャリア組主導方式では上手く行かないのですから・・
上記の如く、起承転結の「転」部分には肯ずる訳には行かない処がありますが、「結」部分には納得出来るものがあります。
消費増税に踏み切るのが責任ある政治家だとの誤解があるが、そうでは無く、既得権益グループと戦える政治家こそ真の責任ある政治家なのだ。消費増税を小さくしても大丈夫な道筋をつけることに命を賭けて欲しい。
そして公務員改革を断行して官僚が真の政治家を全力で支える、それが理想だ。
火曜日, 5月 31, 2011
スマートグリッドは何処に行ってしまったのか?
ベース電力となっていました原子力発電が疑問を持たれる様になって以来、東電も自信を持って宣伝していたスマートグリッドの話題はすっかり霞んでしまいました。
太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーの導入に、スマートグリッドを構築する必要性は高い。
太陽光や風力などは、その発電量が天候や気候に左右され、非常に不安定だ。更に、電力需要が少ない時に供給量が増加してしまうと、送電・配電線に大量の電力が送られ、負荷をかけることになってしまう。そのため、需要と供給のバランスを調整するなどの系統安定化策が不可欠。
具体的には、大型の蓄電池を設置することで電力をプールする方法や、電気自動車の蓄電池としての代替利用、コージェネやガスエンジンといった機器の電力源としての利用など、他の設備に余剰分の電力を移す方法がある。
停電対策よりも再生可能エネルギーの導入のために推進される日本のスマートグリッドだが、その仕組みづくりには、関連する多くの分野からの協力体制が必要になる。
次世代インターネットの経済学-依田高典
2011年現在、日本のブロードバンド・インフラは有線も無線も世界一である。それでも、医療のデジタル・オンライン化は遅れ、中小企業のICT利用も課題が多い。
他方で、インフラ整備で後れを取るアメリカでは、GoogleやAmazonなど時代の寵児が、Microsoftの牙城を脅かす迄に成長した。世界の最富国アメリカのことだ。インフラ整備の遅れは10年で取り戻すことだろう。
その時、ガラパゴス化した日本に何のアドバンテージが残るのだろうか?
そんな思いで、研究テーマをスマートグリッド・エコノミクスと決めた。スマートグリッドとは、ICTを有効利用し、電力系統の効率化を図り、環境に優しい分散型電源の導入を促進し、消費者の省エネ行動の変容を促すエネルギー産業のイノベーションである。
ブロードバンド・エコノミクスと行動経済学の研究成果を一段高いレベルで統合するものと言って良い。
近頃話題となっている「光の道」の根幹となるFTTH(Fiber to the Home)、固定・携帯電話の融合サービスMC(Fixed-Mobile Convergence)にも識見に満ちた解説と提言があり、時宜を得たもので読んでおきたい書籍だと思われます。
太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーの導入に、スマートグリッドを構築する必要性は高い。
太陽光や風力などは、その発電量が天候や気候に左右され、非常に不安定だ。更に、電力需要が少ない時に供給量が増加してしまうと、送電・配電線に大量の電力が送られ、負荷をかけることになってしまう。そのため、需要と供給のバランスを調整するなどの系統安定化策が不可欠。
具体的には、大型の蓄電池を設置することで電力をプールする方法や、電気自動車の蓄電池としての代替利用、コージェネやガスエンジンといった機器の電力源としての利用など、他の設備に余剰分の電力を移す方法がある。
停電対策よりも再生可能エネルギーの導入のために推進される日本のスマートグリッドだが、その仕組みづくりには、関連する多くの分野からの協力体制が必要になる。
次世代インターネットの経済学-依田高典
2011年現在、日本のブロードバンド・インフラは有線も無線も世界一である。それでも、医療のデジタル・オンライン化は遅れ、中小企業のICT利用も課題が多い。
他方で、インフラ整備で後れを取るアメリカでは、GoogleやAmazonなど時代の寵児が、Microsoftの牙城を脅かす迄に成長した。世界の最富国アメリカのことだ。インフラ整備の遅れは10年で取り戻すことだろう。
その時、ガラパゴス化した日本に何のアドバンテージが残るのだろうか?
そんな思いで、研究テーマをスマートグリッド・エコノミクスと決めた。スマートグリッドとは、ICTを有効利用し、電力系統の効率化を図り、環境に優しい分散型電源の導入を促進し、消費者の省エネ行動の変容を促すエネルギー産業のイノベーションである。
ブロードバンド・エコノミクスと行動経済学の研究成果を一段高いレベルで統合するものと言って良い。
近頃話題となっている「光の道」の根幹となるFTTH(Fiber to the Home)、固定・携帯電話の融合サービスMC(Fixed-Mobile Convergence)にも識見に満ちた解説と提言があり、時宜を得たもので読んでおきたい書籍だと思われます。
水曜日, 11月 03, 2010
森の妖精と三人の女神
この書籍は、先日56年振りの小学校同窓会で同級生から贈呈されたもの、純物語を読むのは久しぶりでした。
小中と同級、同じクラスになったことは無いことから、親しく話をしたことが無かったのですが、彼の生き様を知って貰いたいと自分の著書をくれたのだろうと想像しています。
水の惑星と呼ばれる地球も、遠い原始の時代には赤茶けた岩と砂漠しか無かったのだが、神のいたずら心から緑の園が造られることになった。しかし、神の単なるいたずら心では、その園も永続きがせず、太陽と月の支援を受けた森の妖精と三人の女神が、緑の園を生命感の溢れる森の姿に変貌させる物語となっています。

著者は緑の森への深い想いが強烈で、擬人的な太陽と月、及び森の妖精と三人の女神との会話体で物語を展開して行くのです。
そんな会話を読みながら、ふとボッティチェリの「プリマヴェーラ(春)」で女神達が集う様を思い浮かびますし、又勤しんで造り上げた森を大切に思う気持ちはサン・テグジュペリの「星の王子様」で残して来たバラを思う気持ちに通じるものがありました。
この本は、小説物語と言うより手塚漫画「火の鳥」の様に、絵とセリフで展開した方が余程迫力が出て来るのではないかと思われてなりません。
地球も現在の姿、常温水と空気の環境は一瞬、全球凍結の氷河時代から水の無い灼熱時代と輪廻変遷しつつあることも事実、現在の環境無しには人間を含めて全ての生物は生きられないのだと、そんな悠久の歴史を考えながら読み進めるのも一興と思われました。
小中と同級、同じクラスになったことは無いことから、親しく話をしたことが無かったのですが、彼の生き様を知って貰いたいと自分の著書をくれたのだろうと想像しています。
水の惑星と呼ばれる地球も、遠い原始の時代には赤茶けた岩と砂漠しか無かったのだが、神のいたずら心から緑の園が造られることになった。しかし、神の単なるいたずら心では、その園も永続きがせず、太陽と月の支援を受けた森の妖精と三人の女神が、緑の園を生命感の溢れる森の姿に変貌させる物語となっています。
著者は緑の森への深い想いが強烈で、擬人的な太陽と月、及び森の妖精と三人の女神との会話体で物語を展開して行くのです。
そんな会話を読みながら、ふとボッティチェリの「プリマヴェーラ(春)」で女神達が集う様を思い浮かびますし、又勤しんで造り上げた森を大切に思う気持ちはサン・テグジュペリの「星の王子様」で残して来たバラを思う気持ちに通じるものがありました。
この本は、小説物語と言うより手塚漫画「火の鳥」の様に、絵とセリフで展開した方が余程迫力が出て来るのではないかと思われてなりません。
地球も現在の姿、常温水と空気の環境は一瞬、全球凍結の氷河時代から水の無い灼熱時代と輪廻変遷しつつあることも事実、現在の環境無しには人間を含めて全ての生物は生きられないのだと、そんな悠久の歴史を考えながら読み進めるのも一興と思われました。
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